制服ジェンダーレス化の調査レポート

I. エグゼクティブサマリー

本レポートは、日本の学生服市場において近年急速に進行している「ジェンダーレス化」の動向について、その背景、主要な出来事、推進要因、そして市場への影響を包括的に分析するものである。学生服小売店の事業者にとって、この歴史的な転換点を理解し、将来の事業戦略を策定する上で不可欠な情報を提供することを目的とする。
多くの関係者が認識しているように、2018年頃から学生服のジェンダーレス化が顕著になったことは事実である。しかし、その動きは単一の高校の事例から始まったものではなく、より深く、構造的な要因が複合的に絡み合った結果である。本レポートでは、この変革の真の起点が2015年の文部科学省による全国的な通達にあることを明らかにする。この政策的基盤の上に、2018年に発生した東京都世田谷区や千葉県柏市での画期的な導入事例が触媒となり、全国的なムーブメントへと発展した。
さらに、この流れは単なるトップダウンの施策によるものではなく、生徒会などを通じた生徒自身の主体的な活動、そしてLGBTQ生徒への配慮という人権的な要請に加え、防寒性や防犯性といった実用的な利点が広く認識されたことによって、社会的なコンセンサスを形成し、加速してきた。その結果、伝統的なセーラー服や詰襟学生服は減少し、ブレザーを基本とした、性別に関わらずスラックスやスカート、ネクタイやリボンを自由に組み合わせられる「選択制」が新たな標準となりつつある。
このトレンドは一過性のものではなく、日本の教育と社会における多様性尊重の価値観を反映した、不可逆的な構造変化である。学生服業界のすべてのステークホルダーは、この変化の本質を深く理解し、製品ポートフォリオ、マーケティング、そして顧客への提案手法を根本から見直すことが求められている。

II. 変革の土台:政策転換の起点となった2015年の文部科学省通達

学生服のジェンダーレス化という現代的な潮流の制度的起源をたどると、2018年のある学校の決定に行き着くのではなく、その3年前にさかのぼる。真の起点は、2015年に日本政府が発出した一つの重要なトップダウンの政策指示であった。
2015年4月30日、文部科学省は「性同一性障害に係る児童生徒に対するきめ細かな対応の実施等について」と題する通知を、全国の国公私立の小中高等学校などに向けて発出した[1]。この通知は、同省が2013年に実施した実態調査の結果を受けたものであった。この調査では、自身の身体的な性と自認する性が一致しないことについて、学校に相談した児童生徒が全国に少なくとも606人存在することが明らかになっていた[1]
この通知が画期的であったのは、学校が取るべき配慮の具体例を明確に提示した点にある。特に服装に関しては、「自認する性別の制服・衣服や、体操着の着用を認める」という一文が盛り込まれた[1]。これは、国として初めて、正式な医学的診断の有無にかかわらず、生徒の性自認に基づいた制服選択を認めるよう学校現場に促したものであり、インクルーシブな学校環境を整備するための新たな基準を設定するものであった[1]
この2015年の通達は、二つの重要な副次的効果を生み出した。第一に、この通達は、進歩的な考えを持つ教育関係者にとって「行政的な盾」として機能した。それ以前は、制服の選択制を導入しようとする校長や教育委員会は、保守的な保護者や地域社会からの抵抗に直面する可能性があり、その決定を裏付ける公式な後ろ盾がなかった。しかし、この通達以降、状況は一変した。制服に関する配慮は、個別の学校の恣意的な判断ではなく、「国の指導に準拠した対応」として位置づけられるようになった。これにより、改革を目指す学校管理者は、「私たちは文部科学省の指導に基づき、すべての生徒に『きめ細かな対応』を提供しているのです」と説明することが可能となり、批判から自身を守りつつ、制服改革に関する議論を始めるための倫理的・官僚的な正当性を得ることができた。この政策文書は、命令というよりも、地方レベルでの変革の可能性を解き放つ強力な「許可証」として機能したのである。
第二に、この通達は学生服メーカーの研究開発(R\&D)の方向転換を促す明確な市場シグナルとなった。トンボやカンコー学生服のような大手メーカーは、長期的な計画サイクルで事業を運営している。漠然とした社会のトレンドに対して大規模な投資を行うことは困難だが、政府の公式な通達は、将来の需要を示す信頼性の高い指標となる。2015年の通達は、女子生徒用スラックスのような非伝統的な制服オプションへの需要が、ニッチな要望から主流の要件へと移行することを示唆していた。これにより、メーカーは研究開発への投資を正当化することができた。実際に、トンボがFTM(Female to Male)当事者の意見を取り入れて開発した「Fスラックス」の開発プロジェクトは、文科省の通達を受けて「具体的にどう対応すればよいか」という学校からの問い合わせが増加したことをきっかけに、2015年に開始されている[5]。したがって、この通達は学校現場に権限を与えただけでなく、来るべき需要に応えるための供給サイドのイノベーションを触発する役割も果たしたのである。

III. 2018年の転換点:全国的なムーブメントに火をつけた画期的な事例

利用者の認識通り、2018年は学生服のジェンダーレス化において極めて重要な年であった。しかし、それは単一の「きっかけ」によるものではなく、ほぼ同時期に発生した二つの象徴的かつ相補的な事例が、強力なメディアナラティブを形成し、他の自治体が模倣可能なモデルを提示したことで、全国的な「転換点(ティッピングポイント)」となったのである。

ケーススタディ1:東京都世田谷区 – 既存システム内での体系的改革

2018年3月、東京都世田谷区教育委員会は、区内の全区立中学校(当時29校)において、2019年度の新入生から性別に関わらずスカートとスラックスを選択できるようにする方向で、区の校長会と検討を進める方針を明らかにした[6]
この決定は、区議会における上川あや区議(トランスジェンダー当事者)の質問が直接の契機となった。上川区議は、自身の性自認と一致しない制服の着用を強いられる生徒たちの苦しみを訴え、教育現場での対応の必要性を強く指摘した[6]。これに対し、区教育委員会は多様性を尊重する姿勢を示すことを明確にし、自治体ぐるみでこの課題に取り組むという、当時としては珍しい先進的な決定を下した[8]。世田谷区の事例は、大規模で歴史ある既存の学校システムであっても、強い意志と政治的な後押しがあれば、体系的な改革が可能であることを全国に示した。

ケーススタディ2:千葉県柏市立柏の葉中学校 – 「ゼロからの」理想モデル

世田谷区が既存システムの改革モデルを示したのとほぼ同時期、2018年4月に千葉県柏市に新設された柏市立柏の葉中学校は、開校初日から完全なジェンダーレス制服を導入した[8]
この制服システムは、「トランスジェンダーだけでなく、だれでも自由に選べる制服がいい」という、入学予定の児童や保護者からの提案を受けて設計されたものであった[8]。そのデザインは、今後のジェンダーレス制服の標準となる特徴を備えていた。具体的には、上着は男女共通のブレザー、下はスラックスとスカートから性別を問わず自由に選択可能、そして首元のネクタイとリボンも同じ柄で統一されており、どちらを選んでも良いとされた[8]。これにより、どの組み合わせを選んでも統一感が損なわれず、生徒が個性を尊重しながらも学校への帰属意識を持てるように配慮されていた。柏の葉中学校の事例は、これから新しく制服を制定または変更する学校にとっての「理想形」を提示した。
これら二つの事例は、メディアを通じて全国に報じられ、学生服をめぐる公の議論に「挟み撃ち」のような効果をもたらした。世田谷区の事例は、「既存の制度を変えるのは難しい」という反論を無力化し、柏の葉中学校の事例は、「これが新しい時代の標準的な学校制服のあり方だ」という新たな基準を打ち立てた。その結果、古い学校も新しい学校も、どちらも参照すべき明確な先例を持つことになり、ジェンダーレス制服の導入はもはや急進的なアイデアではなく、先進的な教育現場における「ベストプラクティス」として認識されるようになった。
この認識の変化は、自治体間の競争力学にも影響を与えた。世田谷区と柏の葉中学校の取り組みが好意的に報道された後、他の地域の教育委員会は地元メディアや保護者団体から「なぜ私たちの地域ではやらないのか?」という問いに直面することになった。教育の質や現代性で他地域との差別化を図りたい自治体にとって、ジェンダーレス制服の導入は、比較的低コストで「進歩的」「包括的」「現代の家族のニーズに応えている」というメッセージを発信する効果的な手段となった。これが、利用者が耳にした「リニューアルラッシュ」の背景にあるメカニズムである。それは、この新たな競争環境によって引き起こされた、ドミノ倒しのような導入の連鎖であった。

IV. 変革のタイムライン:2015年から現在までの主要なマイルストーン

学生服のジェンダーレス化は、2015年の政策的基盤構築から2018年の劇的な転換点を経て、その後も着実に社会に浸透していった。その加速の軌跡を、主要な出来事を通じて時系列で示す。

  • 2015年4月
    文部科学省が「性同一性障害に係る児童生徒に対するきめ細かな対応の実施等について」を通知。服装に関して「自認する性別の制服」の着用を認めるよう促し、後の変革の法的・倫理的根拠となる[1]
  • 2016年
    大手学生服メーカーの菅公学生服が、ソリューションフェアで「ボーダレス」をコンセプトにしたユニフォームを展示。業界側が来るべき変化に対応する準備を進めていることを示す初期の動きであった[8]
  • 2018年3月
    東京都世田谷区が、全区立中学校で性別に関わらず制服を選択できる制度の導入検討を発表。大規模な自治体単位での体系的な改革として、全国的な注目を集める[6]
  • 2018年4月
    千葉県柏市立柏の葉中学校が、開校と同時に完全なジェンダーレス制服システムを導入。新設校における理想的なモデルケースとなる[8]
  • 2019年頃
    生徒主導の動きが各地で活発化する。福岡市では、ある中学校のPTA会長が、セーラー服の着用を強いられて苦しんだ生徒の話を聞いたことをきっかけに、制服改革の活動を開始[11]。山口県宇部市の藤山中学校では、生徒総会での提案がきっかけとなり、全校アンケートを経て制服が全面的にリニューアルされる[12]
  • 2021年11月
    あるトランスジェンダーの大学生が、自身が都立高校在学中に立ち上げた「都立学校の制服を性別に関わらず選べるようにすること」を求める署名を東京都教育委員会に提出。生徒自身が声を上げ、より広範な制度改革を求める動きが続く[13]
  • 2022年12月
    文部科学省が、教職員向けの基本書である「生徒指導提要」を12年ぶりに改訂。新たに「性的マイノリティに関する課題と対応」という節が追加され、2015年の通知内容が、より恒久的で基本的な指導方針として位置づけられる[14]
  • 2023年
    導入率に関する調査結果が、この動きが全国的な標準となったことを裏付ける。ある調査では、全国の中学・高校の約71%が女子生徒用のスラックス制服を採用していることが判明[15]。また、NHKの調査では、全国の公立高校の約3割が何らかの形で「ジェンダーレス制服」を導入していることが明らかになった[16]

V. シフトを支える推進力:多角的な要因分析

学生服のジェンダーレス化がこれほど急速に普及した背景には、単一の理由ではなく、三つの異なる、しかし相互に関連し合う力が働いている。それは、トップダウンの社会的・人権的要請、ボトムアップの生徒による活動、そしてより普遍的な便益を訴求する実用主義的なアプローチの拡大である。

A. 社会と人権:多様性とインクルージョンへの要請

この変革の最も根源的な推進力は、LGBTQ、特にトランスジェンダーの生徒への配慮という人権的な要請である。性自認と一致しない性別に基づいた制服の着用は、当事者である生徒にとって深刻な心理的苦痛の原因となり、不登校や自傷行為につながるケースも報告されている[3]。学校がすべての生徒にとって安全で安心な場所であるためには、服装による苦痛を取り除くことが不可欠であるという認識が、教育現場で広がった。この動きは、SDGs(持続可能な開発目標)の目標5「ジェンダー平等を実現しよう」など、学校教育にも取り入れられるようになったより広範な社会目標とも一致している[12]

B. 生徒の声:草の根からの活動

変革は、単に上から与えられたものではない。むしろ、生徒自身が積極的にそれを求め、実現してきた側面が非常に大きい。全国の学校で、生徒たちが主体となって変化を促した事例が数多く報告されている。

  • 生徒会(生徒総会)を通じた改革
    山口県宇部市立藤山中学校の事例は象徴的である。生徒総会でジェンダーレス制服の導入が議題に上がり、その後実施された全校アンケートでは86%もの生徒が賛意を示した。この明確な民意を背景に、学校側は制服の全面リニューアルを決断した[12]
  • 請願や直接的な働きかけ
    高知市の土佐塾中学・高校では、前生徒会長が中心となって学校側に働きかけ、制服に関する校則の変更を実現した[19]。兵庫県立出石高等学校では、当時の生徒会長がPTA役員との会合で「ジェンダーを意識した新しい制服を作りたい」と提案したことが、新制服導入のきっかけとなった[20]。また、ある学校では、女子生徒が「スカートを履きたくない」と相談したことを受け、学校側が安価で機能的なユニクロの製品を標準服として指定するという柔軟な対応をとった[21]
  • 個人の勇気ある行動
    多くの学校で、生徒が意見箱への投書や、教員への直接の相談を通じて、スラックスを履きたいといった自身の思いを伝え、個別の対応や制度変更のきっかけを作っている[22]

C. 実用性と機能性:普遍的な魅力への拡大

このムーブメントが広く受け入れられた鍵は、その論拠がLGBTQ生徒への配慮という当初の目的から、すべての生徒にとって有益な実用的価値へと拡大された点にある。学校やメーカーは、女子生徒用スラックスがもたらす普遍的なメリットを積極的に訴求した。

  • 機能性と快適性:自転車通学時の利便性や、活動のしやすさ。
  • 防寒対策:冬場の寒さを和らげる上で極めて効果的である[23]
  • 防犯上の配慮:スカートに比べ、盗撮などの性犯罪被害に遭うリスクを低減できるという視点[24]

この「実用性」を前面に出したアプローチは、非常に巧みな合意形成の手段として機能した。ジェンダーに関する議論は、一部の保護者や地域住民にとって敏感で、意見が分かれやすいテーマとなりうる。しかし、制服の変更理由を「多様性」だけでなく、「防寒」「安全」「利便性」といった誰もが理解し、共感できる普遍的な価値観にまで広げることで、学校側は議論の焦点を変えることができた。これにより、制服の変更は、特定のマイノリティのためだけの施策ではなく、全生徒の学校生活を向上させるための「実用的なアップグレード」として位置づけられた。ジェンダーの側面にためらいを感じる保護者であっても、「自分の子どもが冬に暖かく過ごせる」「安全に通学できる」という点には容易に賛同できる。この実用的な論拠の提示が、潜在的な反対意見を中和し、幅広い支持層を形成することを可能にし、意思決定プロセスを劇的に加速させたのである[23]

VI. 全国的な状況:導入率とデザイントレンドの統計分析

メディアで語られる「リニューアルラッシュ」は、単なる印象論ではない。それは、統計データによって裏付けられた、市場における劇的かつ定量的な地殻変動である。この変動は、伝統的なセーラー服の支配の終焉と、ブレザーとスラックスを組み合わせた選択肢の指数関数的な成長によって特徴づけられる。

A. 伝統の衰退:セーラー服時代の終わり

2019年に制服のモデルチェンジを行った全国の中学校を対象とした調査は、衝撃的な結果を示した。新しい制服のスタイルとして「ブレザー」を選択した学校が86%に達したのに対し、伝統的な「セーラースタイル」を新たに採用したのはわずか6%であった[25]。これは、学校が制服を更新する際には、最も象徴的で性差の大きいデザインであるセーラー服を圧倒的多数が放棄していることを示している。

B. 選択肢の台頭:スラックス革命の定量化

女子生徒用スラックスの導入率は、ここ数年で爆発的に増加した。複数の調査から得られたデータを時系列で並べることで、その加速度は明確になる。

表1:日本の学校における女子生徒用スラックス導入の急加速(2021年~2023年)

調査年 調査主体・対象 主要な調査結果 典拠
2021年 学校総選挙プロジェクト(都道府県立高校) 都道府県立高校の44.4%が女子用スラックスを導入。 [26]
2022年 カンコー学生服(10代~60代への調査) 10代の45.0%が、自身の学校でスラックスが選択可能だったと回答。 [27, 28]
2023年 カンコー学生服(中学・高校教員への調査) 中学・高校の70.9%が女子用スラックスを導入済みと回答。 15

C. デザインのシフト:なぜブレザーが標準となったのか

ブレザーが新しい制服の事実上の標準となった理由は、そのデザインが本質的に詰襟学生服やセーラー服よりも性差を感じさせないためである[25]。男女共通デザインのブレザーは、スカート、スラックス、ネクタイ、リボンといった多様なアイテムと自由に組み合わせることが可能であり、学校としての統一感を保ちながら、個人の選択肢を最大化できる。「統一性と多様性の両立」という、現代のジェンダーレス制服が目指す核心的なデザイン思想を最も効果的に実現できるのがブレザースタイルなのである[29]

D. 次なるフロンティア:男子生徒とスカート

女子生徒用スラックスの導入が主流となる一方で、男子生徒のスカート着用は依然として例外的な状況にある。2023年の調査によると、男子生徒のスカート着用を「許可している」学校は27.1%存在するものの、その中で実際に着用している生徒が「いる」と回答した学校は、わずか11.8%に留まった[15]。このデータは、男子生徒の服装の選択肢に関しては、学校側の制度的な許可と、生徒がそれを気兼ねなく選択できる社会的な受容性との間に、依然として大きな隔たりがあることを示唆している。

VII. 動き出す業界:変革の担い手となった制服メーカー

カンコー学生服やトンボといった大手学生服メーカーは、この変革の波に対して単なる受動的な供給者として対応したわけではない。彼らは、的を絞った研究開発と啓発活動を通じて、ジェンダーレスというトレンドを形成し、加速させる、積極的なパートナー、コンサルタント、そしてイノベーターとして機能してきた。

A. 研究開発:インクルーシブと快適性の追求

メーカー各社は、新しい時代のニーズに応えるべく、製品開発に注力した。

  • カンコー学生服
    「インクルーシブ(包摂的)・ユニフォーム」というコンセプトを掲げ、「男らしさ・女らしさ」から「自分らしさ」への転換を提唱[3]。特に、女子生徒の身体的特徴(ウエストとヒップの差が大きい)に合わせつつも、男子用スラックスと同じ外観のシルエットを維持するパターンを開発。これにより、着用者を外見で区別されることなく、誰もが快適にスラックスを選択できる環境を技術的にサポートした[3]
  • トンボ
    LGBTQ支援団体「ELLY」とアドバイザー契約を結び、当事者の声を製品開発に直接反映させた[5]。FTM当事者へのヒアリングを通じて、従来の女子用スラックスが持つフェミニンなフレアシルエットや、男子用スラックスを着用した際に生じるヒップ周りの窮屈さといった課題を特定。これらのフィードバックに基づき、性差を感じさせないニュートラルなパターンの「F(フリー)スラックス」を開発した[5]。また、ストレッチ性に優れた「ジャージみたいな制服」など、機能性や快適性を追求した素材開発にも力を入れている[32]

B. 教育とコンサルティング:円滑な移行の支援

両社は、制服の変更が単なるデザインの問題ではなく、学校コミュニティ全体に関わる社会的な課題であることを深く認識していた。そのため、学校が円滑に移行できるよう、製品供給にとどまらない包括的なサポートを提供している。
具体的には、教職員、生徒、保護者を対象に、LGBTQに関する基礎知識や多様性の重要性についての講演会や研修会を全国で実施している[3]。これらのサービスは、学校管理者が制服変更に伴う様々な意見や懸念に対応し、コミュニティ内での合意形成を図る上で、極めて重要な役割を果たしている。
このアプローチは、学生服メーカーのビジネスモデルに根本的な変化をもたらした。従来、メーカーの顧客は学校法人(B2B)であった。しかし、制服をめぐる社会状況の変化により、学校の意思決定は生徒、保護者、地域社会の意向に大きく影響されるようになった。メーカーは、単に製品を売るだけでは不十分であり、制服変更という「コンセプト全体」を学校コミュニティ全体(B2B2C: Business-to-Business-to-Community)に理解してもらう必要があると認識した。教育的なワークショップを提供することで、彼らは単なる衣料品のベンダーから、複雑な社会的移行をナビゲートするソリューションプロバイダーへと進化した。この深いパートナーシップモデルは、学校との間に強固な信頼関係を築き、単に製品を提供するだけの競合他社に対する強力な差別化要因となっている。これは、メーカーの提供価値における本質的な転換である。

VIII. 結論と現代の制服小売店への戦略的提言

本レポートの分析を通じて、学生服のジェンダーレス化が、一過性の流行ではなく、日本の教育と社会の価値観の変化を反映した、深く構造的なシフトであることが明らかになった。最後に、これまでの分析結果を総括し、学生服小売店がこの新時代に適応していくための戦略的提言を行う。

分析結果の総括

  1. 構造的シフトの確認:ジェンダーレス制服への移行は、不可逆的なトレンドである。その根底には、多様性を尊重する社会全体の要請がある。
  2. 起源の再定義:この動きの制度的起源は2015年の文部科学省通達にあり、2018年の画期的な事例がその流れを決定的なものにした。
  3. 複合的な推進力:生徒の主体的な活動、社会的な人権意識の高まり、そして防寒・防犯といった実用的な利点の三つの力が相互に作用し、この変革を加速させている。
  4. 市場の決定的な変化:市場は、ブレザーを基本とし、アイテムを自由に組み合わせられる選択制システムへと明確に移行した。伝統的な性差の大きい制服の需要は、更新のタイミングで減少し続けることが予測される。

小売店への戦略的提言

この構造変化に対応し、ビジネス機会を最大化するために、以下の4つの戦略的行動を推奨する。

  1. 商品ポートフォリオの現代化
    従来の「男子用」「女子用」という明確な区分で商品を展開するモデルは時代遅れとなりつつある。今後は、ブレザー、スラックス、スカート、ネクタイ、リボンといった「コンポーネント(構成要素)」単位で商品を管理・販売する体制への移行が不可欠である。在庫管理や店舗での陳列方法も、生徒が自由に組み合わせをイメージできるような形に見直すべきである。
  2. 「販売店」から「コンサルタント」へ
    学校関係者は、もはや単に衣類を購入しているのではない。彼らは、学校の方針に関わる重要な意思決定を行っている。小売店は、単なる商品のベンダーではなく、知識豊富なパートナーとしての地位を確立する必要がある。本レポートで示したような客観的なデータや、他校での成功事例を提示し、多様性への配慮や実用性といった複数の観点から、最適な制服システムの導入をコンサルティングできる能力が、今後の競争優位の源泉となる。
  3. マーケティングと接客言語の更新
    ウェブサイトやパンフレット、店舗での商品説明において、「選択の自由」「快適性」「多様性」「実用性」といったキーワードを前面に打ち出すべきである。スタッフ全員が、ジェンダーに関する包括的な言葉遣いを習得し、どのような組み合わせを求める生徒や保護者に対しても、敬意をもって対応できるような研修が求められる。新しい制服システムの導入を、より現代的でインクルーシブな教育環境へのポジティブな一歩として位置づけることが重要である。
  4. 次なる波を予測する
    女子生徒用スラックスの導入は今や主流となったが、生徒のニーズはさらに多様化していくだろう。夏用のジェンダーニュートラルなポロシャツ、体型を問わないカッティングのブレザー、宗教的配慮を含んだアイテムなど、次なる需要の波を予測し、準備することが不可欠である。メーカーとの連携を密にし、可能であれば地域の生徒との意見交換会などを通じて、現場のニーズをいち早く察知する努力が求められる。
引用文献
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  2. 2. 性同一性障害や性的指向・性自認に係る、児童生徒に対するきめ細かな対応等の実施について(教職員向け) - 文部科学省, 11月 2, 2025にアクセス、 https://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/28/04/__icsFiles/afieldfile/2016/04/01/1369211_01.pdf
  3. 3. カンコー学生服: 性の多様性にも配慮した制服づくり - オルタナ, 11月 2, 2025にアクセス、 https://www.alterna.co.jp/117798/
  4. 4. 学校で配慮と支援が必要な LGBTsの子どもたち, 11月 2, 2025にアクセス、 https://www.nits.go.jp/materials/intramural/files/087_001.pdf
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  6. 6. 世田谷区が全ての区立中学で性別にかかわらず制服を自由に選択 ..., 11月 2, 2025にアクセス、 https://www.outjapan.co.jp/pride_japan/news/2018/3/11.html
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  10. 10. 男子生徒がスカート&リボンでもOK 千葉県の公立中学、LGBTに配慮した「男女とも自由に選べる制服」採用 | ねとらぼ, 11月 2, 2025にアクセス、 https://nlab.itmedia.co.jp/cont/articles/3275738/
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  21. 21. 制服だってジェンダーレス! - TBSラジオ, 11月 2, 2025にアクセス、 https://www.tbsradio.jp/articles/52605/
  22. 22. 変えようとした、あるいは変えた経験について|エントリー 日本共産党中央委員会, 11月 2, 2025にアクセス、 https://www.jcp.or.jp/web_info/questionnaire-results-7-2.html
  23. 23. 都立高校では約8割が女子スラックスを導入! 学校制服の最前線 - Do well by doing good, 11月 2, 2025にアクセス、 https://dowellbydoinggood.jp/contents/topic/383/
  24. 24. 制服紹介 - サレジアン国際学園世田谷中学高等学校, 11月 2, 2025にアクセス、 https://salesian-setagaya.ed.jp/uniform/
  25. 25. 減少する女子のセーラー服、理由には時代背景も - ベネッセ教育情報サイト, 11月 2, 2025にアクセス、 https://benesse.jp/kosodate/202002/20200228-1.html
  26. 26. ジェンダーレス制服とは?特徴や事例・導入時の課題について - Sanwa School Solutions, 11月 2, 2025にアクセス、 https://sanwa-school.com/2022/12/19/genderless_school_uniform/
  27. 27. 2025年、制服は「選ぶもの」へ。広がるジェンダーレス制服という選択肢 - 株式会社萬年, 11月 2, 2025にアクセス、 https://mannen.jp/patchtheworld/22601/
  28. 28. 中学・高校での男子生徒のスカート制服許可は3割未満 実際の着用率は1割程度【カンコー学生服調査】 - EdTechZine, 11月 2, 2025にアクセス、 https://edtechzine.jp/article/detail/9971
  29. 29. 自分のスタイルを自由に選べる「ジェンダーレス制服」を採用する学校が増加 - @DIME アットダイム, 11月 2, 2025にアクセス、 https://dime.jp/genre/978329/
  30. 30. ジェンダーレス制服|トンボ学生服・とんぼ体操服の株式会社トンボ, 11月 2, 2025にアクセス、 https://www.tombow.gr.jp/school/original/genderless/
  31. 31. LGBTQをはじめとする多様な性に配慮した制服づくり(ジェンダーレス制服)|SDGs, 11月 2, 2025にアクセス、 https://kanko-gakuseifuku.co.jp/company/sdgs/sexual_diversity
  32. 32. (原文ママ)